40年の歩みと「時間という孵卵器」:全ては必然、無駄なことはない

北川八郎氏の著書『ブッダのことば 百言 百話』に、深く共鳴する一節があります。「人間も大自然の一員であり、全ての物に魂や生、見えない力が宿っている。その偉大なる力を感じつつ、今を感謝して活きていきたい」という教えです。

市議会議員として歩んできた40年。市政の場でも、かつての視察やふとした気付きから提案した種が、歳月を経てようやく花開く瞬間を何度も目にしてきました。提案当時は芽が出ずとも、時を経て時代が追いついてくる。まさに**「時間という孵卵器」**が、必要な時まで大切に温めてくれていたかのような不思議な働きを感じずにはいられません。政治の世界もまた、無駄なことなど一つもないのです。

そんな想いを強くしたのが、昨晩の出来事でした。地域のイベント打ち合わせ中、普段なら取らないはずの電話を、たまたま区切りが良かったため手に取りました。電話の主は交流会の主催者。賑やかな宴席の向こう側で私の話題が出て、急遽繋いでくれたというのです。

受話器の向こうにいたのは、私が初出馬する前からお世話になった方の奥様。実に7年ぶりの再会でした。人との繋がりは見えないところで響き合い、時を経てより強く顕現する。昨晩の再会も、40年の政治活動も、すべては意味のある「必然」だったのだと確信しました。

今の世に生かされていることに感謝し、この豊かな縁と時間を大切に、これからも誠実に「活きて」いきたい。そう心に刻んだ一夜となりました。