演壇メモ

明日は実践倫理宏正会の朝の学びに向かいます。演壇の機会をいただきました。

以下にメモを掲載します。「倫理」と「拝金主義」の戦いがテーマの学びに対する私の決意をまとめたメモです。

演壇原稿(会の学びを強めたまとめ・約600字)

私は昭和25年5月生まれです。物心ついた頃から、日本は高度経済成長の時代にありました。働くことそのものが尊く、仕事を通して社会に奉仕することに喜びと誇りを見いだせた、そんな時代の空気の中で幼少期・少年期を過ごして参りました。

大学三年の三月には、早々と三菱鉱業セメント(当時)に就職内定をいただきました。当時は「青田刈り」という言葉が象徴するように、働く場が人を必要としていた時代でした。しかし卒業時にはオイルショックに見舞われ、自宅待機を余儀なくされ、経済の浮沈が人の生き方を大きく左右する現実を身をもって知りました。

その後、平成のバブル期を迎え、私は議員として社会に関わらせていただきました。平成二年に視察したアメリカは大不況の最中にあり、日本の拝金的な振る舞いが、やがて強い反動を受けたことも経験しました。三菱地所がアメリカの魂と言われた。ロックヘラビルを買収し、後に崩壊の後、手痛いしっぺ返しを受けを「ジャパンパッシング」のきっかけを作った。まさにその時代でした。

第二の敗戦を日本は経験したのでした。人は豊かさの中で、いかに傲慢になり、働く本義を見失うか――私自身も例外ではありませんでした。

本日の学びにある通り、「喜んで進んではたらく」という日本人の美徳は、拝金主義の前で大きく揺らぎました。しかし、倫理と拝金主義の決戦はまだ終わっていません。

相撲で言えば、今は徳俵に足がかかった状態です。ここで踏みとどまり、職を尊び、目の前の務めを喜んで果たす生き方に立ち返れるかどうか。その一人として、まず私自身が実践する決意をもって、本日の学びといたします。(この項終わり)

私たち日本人は「覚醒」できるのでしょうか?できなければ亡国の道を歩むのみ。祖先先輩にどう申し開きをするか、子々孫々に責任の取り用のないことがあってはいけません。