施食会
お盆を前に菩提寺で「施食会」が斎行されました。従来ですと檀家さんが参加し、護持会も開かれて年に一度の貴重な場となっていました。コロナ感染症対策のため護持会役員数名が出席しての施食会は三年連続しての小ぢんまりしたものになりました。
御宝前に対するように設けられた祭壇には、今年新盆を迎える「新仏」のご位牌も安置されご祈祷を受けました。併せてお盆に各墓所に供えられる塔婆も祭壇に備えられご祈祷を受けます。白木に墨痕鮮やかな経文は故人の霊を慰めてくれることでしょう。
墓跡が並ぶ境内地を歩くと、白地に黒文字で書かれた看板が目につきました。ご遺族ご親族関係者に対する連絡を求める告知です。数年連絡が取れない墓所が増えてきています。護持会としても懸案で対処を模索してきたところです。
無縁社会という言葉が世に出回ってしばらくになります。親子であっても、増して親戚縁者であっても疎遠な関係になることが普通になってきています。先頃、仙台市長が祭主となり「無縁故者」の慰霊祭が行われました。
この数年、無縁故者慰霊祭に出席して線香を手向けています。今年は150柱が慰霊塔に納められました。引き取り手のない仏様の数は増えこそすれ、減ることはないようです。
菩提寺のような歴史ある寺院でも「無縁社会」の影は迫っています。人口減少、無縁社会の常態化、このまま手をこまねいていると大きな社会問題となり宗教関係者だけでは対応しきれなくなってくることは必定です。
無縁社会については議会でも関心が高まっています。私も議論に参加している一人です。議論の輪を広げていくことを考えねばなりません。
施食会で唱えられる経文は「甘露門」というそうです。清らかな道場に、諸々の仏、菩薩様をお迎えして一切の迷える魂(餓鬼)に食を施しみんなで悟りを開こうと誓います。如来様をお迎えし如来の徳の光で餓鬼を救うという大乗仏教の願心の表れと学びました。
「政治の光」で無縁社会をお互い様の「有縁社会」に変えていくこと及ばずながら使命と改めて任じたところです。