長岡市で考えたこと

午前中指定避難所の課題解決に取り組み、一段落した後、自宅に戻り出張準備、陸前原ノ町駅で用足しを済ませ、そのまま仙石線のホームに立って間も無く上りの電車がホームに進入、乗車、大宮駅で乗り継ぎ目的地の長岡駅に無事降り立ちました。

全ては流れるように、振り返ってみると1分刻みの綱渡りの場面があるにも拘らず難なく移動できスケジュール通り予定をこなせるのは本当に有難いことです。交通機関を運行する全ての関係者、会議を持つに当たって見えないところまで配慮して段取りしてくれた仙台市関係者。身内ではありますが、家内の働きにも支えられました。

お陰様で、長岡市の視察先である、長岡震災アーカイブセンターではとても有意義なお話が聞け意見交換もできました。予定時間をおおはばにこえているにも拘らず、最後まで真剣に対応して頂いたマネージャーの山崎さん、LIMO理事長山口さんには本当に感謝です。

複数のメモリアル施設の中心として設けられているアーカイブセンターは設置されて六年余り、新設直後の物珍しさからくる来訪者の喧騒を過去のものとして、設置目的である「メモリアルコリードル」の役割を遺憾無く発揮しているようです。

東日本大震災発災後、一足早く復興計画を成し遂げた仙台がこれから取り組む、震災メモリアル施設のコンセプトに関して重要な示唆を受けた思いです。

今後県内外にできるであろう複数のメモリアル施設の夫々の役割分担、有機的な活用の方策の検討が必要になっています。構想の主体それを維持して行く組織のあり方、等々もう固めなくてはなりません。去る者は日々に疎し、鉄は熱いうちに打たねば、日が暮れる前に。

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