白骨の御文

支援を頂いている方の奥様のお通夜、仙台西部にある葬祭場に出かけました。お聞きすると昼食を済ませちょっと休憩と休んで三十分もしない内に亡くなられたとのこと。死因は呼吸不全と聞きました。余りにと突然の出来事にご主人は返って落ち着いて堂々として見えます。悲しみが実感できない状況なのでしょうか、わかる気がします。

葬式、通夜これまでどれだけの参列したことか。最近は生と死を考える機会になっています。死者が私たちに生の大切さを教え諭しているのではとさえ感じます。浄土真宗のお聖人様のお説教に出てきたのは当然の如く、蓮如上人、白骨の御文です。朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。で有名なお言葉ですね。今日はことのほか考えさせられました。

会場に移動中、車中で聴いたユーチューブの番組は期せずして、同じ浄土真宗のお上人の説法、白骨の御文、浄土宗の定番とは言え、不思議な一致です。命、時間を大事に生きよという、お知らせ、と素直に思える私です。ご供養の夕食会は失礼して会場を出るとちょうど夕日が沈む時間でした。

朝は辻立ちで一番に朝日を拝み、夕方は仙台市の西部のちで山入端に沈む夕日を見送る。不思議な一日でした。

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