東日本大震災仙台市追悼式典が挙行されました。      そして献歌 

仙台市国際センターで、三回目の東日本大震災仙台市追悼式典が挙行されました。最前列に用意された席に座りながら、ひたすらに鎮魂の思いで式典の進行を見守りました。仙台フィルハーモーニーの弦楽四重奏による“献奏”そして国立劇場で挙行されている政府主催の追悼式典の中継、国歌斉唱、黙祷、天皇陛下のお言葉、そして政府代表安倍総理大臣の追悼の言葉、そして舞台は仙台市主催の追悼式典へと厳かな中にもスムースに式典は進行されました。

三年前のあの日、生死の境を分けた様々な事が起こったと改めて思います。私自身そして家族もですが、命を失って不思議でない状況にありました。家内の父の通夜、塩釜の実家に向かう家族、遅れて向うことになっていた私、あの発災から一時間の間の日常なら些細と思われることの積み重ねが、今となってみると生死の境を厳然と分けることになったのです。

あの震災後仙台市議会議員として新たに職を得て只管思ってきたことそして努めてきたことの根底は、“無私”であったと思います、否そう思いたい。頂いた命、と思っています。

仙台市長選に準備もなくただひたすら己の正義感で向かって落選、一度失った政治生命、その後、再起に向けて支えて下さった多くの皆さんに対する報恩のために、そして当日、津波が襲って多くの命を奪ったあの国道45号線のあの区間をほんの一瞬の差で無事にすり抜けられた僥倖、今ここに、市議会議員としてお役にたてる立場を与えて下さった天と多くの人々に報いるためにも。

これからの余命、唯只管に天命を全うしたいと、改めて思います。今日から新に歩み始めます。在天の御霊のご冥福を御霊の安らかなることを切に祈ります。

 

仙台市立金剛沢小学校児童「希望」

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仙台市立第一中学校生徒「仲間とともに」

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