断捨離、本来無一物

12月初めての休日、予定一件は欠席にして一日自宅で過ごすことにしました。明日からの定例会に向けての準備が出来ればと言う気持ちがありましたが、午前中は録画ビデオのチェック、このまま午後も流れていくかと思ったタイミングで家内から、事務所整理の提案、エイやっとばかり重い腰を上げました。

一年に数度、火が付いたような勢いで書類の整理に取り組むことがあります。これが気まぐれで、何時その“”火のついたような衝動“”が起きるのか、神様のみぞ知る、神様にはご迷惑なことですが。それまでグズグズして、漸次増えて行く書類の山を見て過ごすというパターンでこれまで来ました。

今年も数か月前から、整理の声が掛かっておりましたが何時もの如く中々着手できず、今日を迎えたという次第です。明日から定例会、長数日後には関係団体の役員会を開催することになっており、丁度良いタイミング、家内も手伝ってくれる、ここを外して何時やるの、今でしょ、と言うことで愈々着手、二時間没頭、上手くできました。

結果、宝の山でした、そして古いデータのゴミの山でした。断捨離が流行ったことが有りました。断捨離専門家が、テレビに、メデイア紙面に効用と手法を公開し私も興味をもって見た時期がありましたが、実行できる人を羨望の目で見ていました結局は私自身の習慣として身につくことはありませんでした。残念。

茶の間には、本来無一物、の額が懸けてあります。新婚時代、新居に持ち込んだのは、三塚夫人から戴いた夫人愛用の机、後はステテコ数組、他には書籍だけという身軽さでした。今は見回せば、家電、着替えの服の山、車にオートバイに自転車、無いものは無い(笑)状態です。何時の間に、こんなに増えたものか、驚くばかりです。

本来無一物、裸で生まれ裸でこの世を去ってゆく我が身であれば、身辺整理を常にして置かねばと改めて思った一日でした。そう言えば、遺品整理業も手伝っていたのでした、彼はどうしているかな。

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