政治的主張の薄い国民国家の行く末

宮崎正弘メルマガから引用

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英国総選挙の意外な結末、末端では華人が暗躍していた
二大政党政治は薄まり、日本の多数政党混合型に似てきたのか。
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英国の総選挙は大方の予測に反して、保守党が単独過半をしめ、キャメロン政権が継続されることとなった。連立相手の自由民主党が少数派に転落し、いきなりスコットランド民族等が大躍進を遂げた。

牽強付会を承知で比較すれば、日本の政治状況に酷似してきたのではないか。
自公連立を「保守」とすれば、大躍進「維新の会」が関西の地域性強く、スコットランド民族党の躍進と対比できる。激減した民主党が「労働党」、そして「次世代の会」はごく少数の組織になった。まるで[UKIP]のごとく(Ukipは僅か一議席)。

底流にあったのは移民問題である。
経済、失業のイッシューは政策論議のトップではなく、移民が享受する福祉保健サービスをどうするか、という問題だった。

英国の福祉を狙ってEUの諸地域から、多くの移民が英国へなだれ込んだ。
その不満がEU加盟継続を唱えた自由民主党の転落であり、労働党はまともな対応策が取れない能力不足を衝かれた。

さらに底辺では、いかなる変化が起きていたか。
英国における「三大少数民族」とはインド系、パキスタン系、そして三番目が華人である。旧植民地からの移民として、もともと英国にはインド系、パキスタン系がせめぎ合い、其の次は旧植民地ナイジェリアからの移民と言われた。

1997年の香港返還の直前に英国は香港市民24万名の移民枠を設け、それに溢れた香港籍の人々も、あの手この手でなだれ込んだ。かれは英国に住み着いた。

中国の改革開放以来、「留学」として入り込んできた中国人は、現在EUにおける労働の自由、移動の自由をフルに利用して英国への夥しく入り込んだ。
倫敦ばかりか、マンチェスター、リバプール、そしてバーミンガムにチャイナタウンが形成された。

五年前の総選挙では「積極的に政治に参加しよう。でなければ発言権が得られない」とばかりに8名の華人が立候補した。いずれも落選だったが、今回は11人の華人が立候補し、一部は善戦した。

おりしも日本では、四月の地方統一選挙で、新宿区議に中華料理店を経営する李小牧が、「華人の発言権を」と主張して、帰化してすぐに立候補した(みごとな落選だったが)ように、移民先で方便として帰化し、すぐに政治的影響力の確保を目ざすというのも、華人らしいといえば、たしかにそうだろう。

英国総選挙の末端で、まだ目立たないが、起き始めた異変である。

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政治的主張の弱い国民国家は消え去る運命を選択していると同じ、実に怖いことです。

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