成道会

今日は成道会、お釈迦様が御悟りになられた日、苦行から何も得られないと日常の生活に道を求められた日と理解しています。奇しくも対米英戦の口火を切った日でもあります。その他こと収め、針供養と一年の節目を画する行事が目白押しです。

仙台市議会は定例会の会期中、10日の再会に向けて各議員が議案調査のために汗を流していることになります。夜国分町あたりでふらふらしている人はいないと思いますが、居たら励ましてほしいところです(-_-;)。因みに議案調査はデスクワークばかりではないのでし、という見解も有りが、日本型民主主義社会の実相でした。

と言う訳で質問項目のリストアップと整理に精を出す一日にすべきところですが、なかなかそうも行かず“”ああでもない、こうでもない“”と一日が過ぎてしまいます。あれもこれも、が多いのが難点で整理がつかない原因です。

先ずは日常のの市民生活の問題点は何か、あればそのことが個人的な原因に起因することによって起こっているのかどうか。原因の中に市民生活に共通の原因は無いか、或はこれから問題になる可能性は無いか。当然と思っていることの中に、思い込みによる諦め或は重大な錯誤が無いか、等など検討するべき視点は限りなくあります。問題は集中して分析整理が出来るかどうか、です。

日常の生活の途切れない時間の流れの中で、何気ないしかし欠くベからざる作務をこなしながら、真理に至る。忙中閑の一瞬の中に求める答えを探し出した時は、この上ない喜びを感じることが出来ます。世間的には他愛ないことではあるのですが。

世間を離れ、山に籠って質問原稿を作ることは理想に見えますがかえって手中出来ないかもしれませんね。むしろ日常の作務の中から見えてくるもの感じるものに真理実相があるのかもしれません。“”デスクを離れて巷に出よう、国分町も良いかも“”くらいが適当なのかな。神聖なる成道の日にあたり考え行き着いた他愛ない結論でした。

どれを捨ててどれを生かすか、さて、どうしようか。迷いの森に再びさ迷うのでありました。

 

 

 

twitterFacebookブログ後援会資料HTML Map