心の塵

心の塵を祓い、(心を)磨きましょう。今朝の朝礼で学んだ言葉、味わい深いですね。チリと言えば、思い出すのがイエローハットの創業者、一燈園、神社での毎朝の御奉仕も、おお払いの祝詞から始まります。

為政者は、塵を払う、ことを第一に心がけることですね。私自身、至らないながらも心がけ、実践に務めています。また私の友人知人には、実践者が多いようです。独特の雰囲気を醸し出しているので、何となく判別できます。

実るほど首を垂れる稲穂かな、政治家の多選の功罪が論議され始めました。奥山市長は多選を非難されて続投をしない訳ではありません。むしろ、続投を前提に論議が重ねられました。振り返れば、低姿勢は一貫していましたね。

先日S候補者が事務所を出かける時、挨拶の姿勢を試しにやって頂きました。意味が分からないから仕方がなかったのですが、ちょっと腰の位置が高めかな、冠婚葬祭業は姿勢が大事、杞憂で済めばいいのですが、社長目線の人、と言う声が聞こえてきたものですからね。

昔々の話しですが、旧厚生省年金局長横田陽吉氏の敗因の一つに目線の高さが言われました。身長のある人でしたから、大抵の人が見上げて話をすることになります、親近感より威圧感、仕方のないことですが気を付けねばなりません。

選挙は総合力、理屈ではないのが怖いところです。日々心の塵を払うような心掛け、出来るかどうか、多選の功罪の前の話しかもね。

twitterFacebookブログ後援会資料HTML Map