人間五十年

昨日からの視察も無事終了。東京都庁、杉並区役所それぞれ丁寧な対応を頂きました。仕事に真摯に向かう姿勢、課題に取り組む自治体に惜しみなく手を差し伸べる、懐の深さを感じます。調査項目から派生する様々な疑問にお答え頂き背景を更に知ることになりました。

帰仙途上、窓外に広がる山並みを見ながら思うことがありました。夕やみ迫る西方、那須連山が美しいシルエットを見せています。茶臼岳と思われるやわらかラインがつくるシルエットに思いは五十年前に遡ります。

茶臼岳は中学生時代、鉄道少年団の行事で今で言うサマーキャンプの参加した時に登った山でした。夏の真っ盛り、炎天下登り切った時の記憶は、達成感などより有料で水が売られていたこと、水が有料!、カルチャーショックだったのですね。

たまたま出発前、朝に読んだ資料が「信長と敦盛」、に関すること。人間五十年、化天[1][2]のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきかこれを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ

「化天」とは、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、六欲天の最下位の「下天」では一昼夜が人間界の五十年とか、当時の寿命人生五十年とは全く意味が違うと知ったばかりでした。

天界の最下位の世界でも一昼夜に過ぎない、この世の五十年、誠に夢幻うめまぼろし、ですね。嘗ての紅顔の少年も今や老境にいたる、感慨一入、と言うよりは“”まだまだ“”これから、と気合が入る今の私は五十年前より元気です。

 

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