いつか来た道、デジャヤブ

東京日帰り研修、災害法制関係二題、課題が見える良い研修だったと思います。北海道東北ブロック政令市政府与党議員の集団、力を秘めた、秘めた、←ここ二回強調、集団です。問題は、大震災発災後、意識が高まっているか、経験を生かしたて現実対応に改善が見れるか、ですが、さてさて。

今研修会で感じた私的印象は二点、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」関連して「自分の都合の悪い過去には目を瞑る」、大震災発災時の混乱は殆どすべての準備を無にしました。行政、政治の混乱は誠に酷いものでした。ここに光を当ててこそ、それこそ見えてくるものがあります。曇ってますネ、現在。当時の指導者はどう自己反省しているのかが問われる、行政政治共に、それが十分でない。

従って私の印象第二点目は、sendai caceはどう評価されているのか、「インパクトが無い」「経験が生かされず同じ過ちが繰り返された」これは当事者意識が行政政治に十分でないことが根底にあります。仮初にも指導的立場にいる者たちの責任を自覚が足りないから、これに尽きます。

六年前の発災時、議席を離れて現場にいた私は、行政そして政治にの混乱ぶりを目の当たりにして怒りに燃えていました。今考えても、怒りで心臓が高鳴る思いです。発災直後の三日間、この大事な時の機能しなかった政治と行政、この点を自己点検せねばなりません。当時の政権、与野党を含めた国政に問題アリと言う言い方は通用しない。当事者意識の欠如そのものです。

目前の市長選についても、議会の中に現市長の批判をする向きが有りますが、これも当事者意識の欠如の典型、です。ことは他人ごとではないのですよ。現職であれば、全ての点で率先すべきです。知恵を出さずに、放り出されて右往左往する滑稽戯画の様。

事の発端は八年前、現職市長が投げ出したことに源流があるのです。その時側近でいた諸々は、その時、どう行動したのでしたっけ。右往左往は今と同じ様でした。市長の、暴走を諫めた人はいましたか、さっと離れて傍観していませんでしたか。

「おれが連れて来た」と言っていた人たちの中には、議員辞職級の責任を感じた人もいたようですが、具体的な行動には至らなかった。その後のフォローが有れば、捲土重来も意味あるものと認めれれたのに、実に勿体ない。

突然目覚めて、政治家になる、これは難しいそして危険、そう思います。いつか来た道を又歩むのか、仙台市民、これだけは避けねばなりません。試しにやらせてみる、そんな余裕は仙台市にはありません。

 

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