自分が無関心であることに気づかない怖さ

早朝の電話、久しぶりに方でした。ご主人を送り、引退生活に入っていた関係で気になりながら、お会いする機会が無かった方です。用件は、嬉しい知らせ、お孫さんが中学に無事進学したとのこと、良かったです。

今から四年前、小学校手学年の時にトラブルは起こりました。急に学校に行きたくないというようになったのでした。原因は担任の先生との関係悪化、相談を頂いたのでした。

教育員会担当者と相談、学校を上げての取り組み、とは言っても校長教頭両先生の対応でしたが、をして頂くことになりました。結果は直ぐには出ませんでしたが、(こじれていたんですね)、児童対応は勿論、過程との密接な連絡に務めて頂き、学校と家庭の信頼を築き、教頭先生の献身で教室復帰、その後失念していたケースです。

転任栄転した当時の教頭先生にも御礼を申し上げたとのこと、本当に良かったです。私も長女の時に似たケースが有り、当時の担任副担任であった両先生に助けて頂いたことが有りました。

このようなケースが市内学校のあちらこちらであると思います。是非、顕彰して差し上げたいと思います。如何ですか、教育委員会さん、まあ、当然ですと言ってしまっては御終いですが。

無関心、連絡不十分、学校内での取り組みはとても大切ですね、まだまだやれることが有る、と思います。それと、学校内の教員の人物評価はしっかりとすべきです。情実人事と思われるケースが無い訳ではない、のでは、と思われないようにして欲しい。

校長の責任は重大です、一人ひとりの児童生徒に神経を巡らすくらいの心構えがありますか、無理は承知で申します、心構えです。校長の、その姿勢と責任感が個々の教員のやる気に繋がると思います。前段のケース、校長の存在感はありませんでした、残念、一人の児童を救ったのは新任の教頭先生の頑張りでした。

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