明歴々露堂々

早朝から会合、時期が時期だけに、政治家の政界では。課題は政治家が保守的だということ。所謂保守革新の保守ではありません。陋習に囚われがち、と言い換えたほうが良いかもしれません。

見ていると若い世代ほど、陋習、に囚われ易いように見えます。先輩たちを無条件に雛形にして、恬として疑わない、とでも言ったらいいのかなァ。

型から入ってしまうんですね、そして思考停止、政治が変わらない所以だと思っています。

陋習が幅を利かせている世界で“”新鮮な視点“”を維持するのは大変かもしれませんが、大変を乗り越えてこそ支持者の期待に応えることが出来ると思っています。

因習に執われず、あせらず、気取らず、ごまかさず、素直で、志したその時の心境を忘れず、ありのままに堂々と生きたいものです。

政治家らしく、自分を飾れば、不自然、と心が騒ぐ、虚勢を張り強く見せたり偉ぶれば、無理が出ます。

神仏に頂いた、としか思えない奇跡の連続で与えられた立場が政治家、だと私は思っています。

それだけに神仏と共にあって信念をもって政治家として堂々と生きようとするところに、新しい展望が開けてくると考えます。

選ぶ側にあった時は、明歴々露堂々であったことが、選ばれる当事者になった途端、見えなくなる、そうであってはいけない、心して参りたい、今日の反省です。

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